デイヴィド・コパフィールド

   チャールズ・ディケンズ(著) 市川 又彦(訳) 岩波文庫  1977/3/10~1977/3/10

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ディケンズとは偉大な大衆作家?  2017/12/20  

辻邦生と水村美苗の読書に関する往復書簡集「手紙、栞を添えて」の中で、デイヴィド・コパフィールドとディケンズについて、鋭く興味深い指摘をしています。これ以上にすばらしいレビューはなかなか書けないと思えますので、その内容をもとにデイヴィド・コパフィールドを中心にディケンズの作品の特徴、読者にとっての彼の作品につきまとめておこうと思います。

辻邦生は、デイヴィド・コパフィールドを年に一度は読んでいたといいます。読みやすい、と書いています。私は、デイヴィド・コパフィールドの全てが読みやすいとは思いませんでした。「年に一度」を何回も繰り返せば読みやすくもなってきそうです。

ディケンズの作品のいのちはその「内容」にはないとのこと。作り話の手腕にあるのでしょうか。水村は、ディケンズの欠点としてあげつらわれていることなど、もう、どうでもよくなってしまうような面白さを指摘します。辻は、人物の描き方がすばらしい、といいます。読者の印象に焼きつくような描出法、生命をじかに伝える稀有の方法のことです。たしかに、人物が個性的です。個性で区別できます。水村は、デイヴィドの伯母さんのトロットウッドについて、最初は、男嫌いで傍若無人だということしか読者にはわからないおっかない伯母さんだけれど、そのうちに、優しく、高邁で、しかも女として弱いところすらあるのがわかってゆく、といっています。

ディケンズの欠点もみえます。筋立てがしばしば不自然だったり、挿話がセンティメンタリズムに陥っているなどが指摘されます。水村は、デイヴィドが結婚するアグネスについて、いい娘といえば美徳の化身のようなものしか描けないディケンズに文句をつけたい、と評します。大衆小説的であることはよくいわれます。類型的人物描写とかメロドラマ的とかです。デイヴィド・コパフィールドには、暗く寒く恐ろしげな夜の描写が再三にわたって描出されます。

読者にとってのディケンズはどんなでしょうか。彼の小説は、多く、分冊の週刊読み物として読者に送り届けられました。発行日には、郵便馬車の着くポストに、読者が集まって首を長くして待っていたといいます。ディケンズを読む快楽がどこにあるのでしょうか。いかに物語が語られるか、面白い作り話を聞かせてもらおうと彼の作品に期待したのでしょう。読者の究極的な興味は、次はどのように笑わせてくれるのだろうか、どのように泣かせてくれるのだろうか、というところにあったのでしょう。この脇役の使い方は実にうまい、このつじつまの合わせ方はまるでなっていないなどと、読者がつい誉めたりけなしたりしながら読んでしまうことはディケンズの特質によるところでしょう。

あらすじ

男の子デイヴィドが生まれた。父は彼の生まれる前に死んでいた。女の子が生まれると信じていた大伯母ベッツィ・トロットウッドは失望し家を出てしまう。母と乳母ペゴティーらとデイヴィドは幸せに暮らしていたが、母はマアドストーンに言い寄られ再婚するが、やがて母が死ぬ。デイヴィドは学校でひどい暴力を受けやめさせられ酒屋の小僧になる。貧乏なミコオバアのもとで暮らすが、ミコオバアは借金のため逮捕され、デイヴィドは大伯母の助けを求めロンドンへ。ロンドンで、弁護士ウィックフィールドのもとから学校に通う。そこでアグネス、ユライア・ヒイプらと知り会う。卒業後、旧友スティアフォースに出会う。スティアフォースはふたりの幼馴染みエミリイと駆け落ちする。デイヴィドはスペンローの法律事務所で法律を学ぶ。スペンローの娘ドーラに一目惚れし婚約する。大伯母は破産、ユライア・ヒイプは事務所を乗っ取ろうとする。スペンローが死んで、デイヴィドは速記を習い記者として自立。ドーラと結婚するが、彼女は妻としては不足していることが多いと気づく。事務所を乗っ取ったユライア・ヒイプの計画を、その秘書ミコオバアが暴く。ミコオバアの家族は、ペゴティイとその姪エミリイとともにオーストラリアに新天地を求めてわたってゆく。病弱なドーラはまもなく死亡。デイヴィドがヨーロッパ旅行にでかけるが、その前にスティアフォースが海で遭難死する。傷心のままヨーロッパを彷徨するうちに、デイヴィドはアグネスに惹かれていることを知る。作家として成功したデイヴィドは、イギリスに戻りアグネスと結婚する。