アカシヤの大連     清岡 卓行著 講談社文芸文庫

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ロマンティックな大連、叙情的大連、そして形而上の大連,, 2005/10/2

最初の出版は、2篇の中編、「朝の悲しみ」と「アカシアの大連」からなっていた。

前編で、妻を病気で亡くした主人公は、朝起きた時いつも、言いようもない悲しみを経験する。妻と過ごした何気ないひととき、妻と語り合う自作の詩、妻の死後の不毛な再婚話、その内でも本気に近かった女性編集者との顛末、小鳥の現れる音楽についての思索などを通し、妻とともに「愛の眠りの園」にいるのではないかという観念に至る。

後編で、大連を生れ故郷とする主人公は、戦争末期、東京での学生生活を送っていた頃、大空襲を機に召集前に大連に帰ってみようと休学し帰郷する。帰郷の途上、そしてアカシアの美しい大連の街で、いろいろな人々と会い、いろいろな場所で過去の思い出をたどり、アカシアにつき、故郷につき、戦争につき、詩と詩人につき、憂鬱につき、また死の観念などにつき思索をくり返す。ソ連兵が来るようになり戦争も終り引き揚げ船を待つ間、やがて妻となる女性に巡り会い「彼女と一緒なら、生きて行ける」と思うようになる。

辻邦生によれば、営為としての文学は、「詩」と「根本的な観念」と「言葉」を以て「葛藤」を作品として創造することであるが、本書における「根本的な観念」は、生と死、「詩」はアカシアの大連、「言葉」は若い清岡卓行のそれ、「葛藤」は、朝の悲しみとのそれであり、それらの総体が「愛の眠りの園」に象徴される、と読むことが出来る。

「アカシアの大連」は、ロマンティックな大連、叙情的大連、形而上的大連とでも言えよう。

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