江戸切り絵図貼交屏風      辻 邦生(著) 文藝春秋 (1992/07)

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9編の短編は、いずれも一定の枠組みをもっていて,  2017/11/12

  浮世絵師歌川貞芳が絵を描くにあたって、像主(モデル)にどう巡り会い、どうテーマを設定しどう描いたかを物語る9編からなる辻邦生の短編集である。これら9編の短編は、いずれも一定の枠組みをもっていて、その枠組みの上にそれぞれ特徴あるストーリーが展開されている。
 19世紀半ばの江戸時代、各藩の多くは財政難に見舞われ、それに由来する相続争いも盛んだった。何らかの理由で国許から江戸に出てくる侍も多かった。そんな中、江戸の街でも多くの殺人事件が起こっていた。貞芳も、像主探しに苦労しつつ美人画制作に携わっているなかで、しばしばそれら事件に巡り合わせた。知人の与力秋山治右衛門たちとともにその解決に尽力するが、そこに像主が係わっているのであった。それら像主たちは、美しいことはいうまでもないが、それに加え、愛しさ、寂しさ、静かな悲しみ、男をせつなく待つ女の表情、なまめいた表情、時には神々しさ、男っぽい艶などを漂わせているのであった。そうした女には、幼馴染みだったり、身内だったり、許嫁だったり、男が傍にいて、彼らは、濡れ衣を着せられたり、海で殺されたり、心中したり、女たちの敵討ちを手伝ったりして女たちとかかわるのであった。そうした騒々しいほどの江戸において、貞芳の美人画はそれぞれの出来事にまつわる植物や花火など背景を伴って澄んだ夕暮れの江戸のロマネスクとして完成するのであった。
 9編の作品は、こうした枠組みの中でつくられているのであるが、作品ごとに江戸という時代の独特なストーリーと情緒とテーマをもってそれぞれの物語が読者に迫ってくるのである。
 こうした一定の枠組みをもった短編集、物語集は、1980年代以降の辻の試みである。「十二の肖像画による十二の物語」(1981)をかわきりに、「十二の風景画への十二の旅」(1984)、「夜ひらく」(1988)、「睡蓮の午後」(1990)、「楽興の時 12章」(1990)につづく5作目として本作品は書かれた。ひきつづき「黄金の時刻の滴り」(1993)が創られている。辻は、これらをパロディと称している。   

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