学徒兵の精神誌―「与えられた死」と「生」の探求                                              大貫 恵美子 (著)  岩波書店

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あの戦争の、できるだけリアルな再構成に向けて  2006/5/6                                    

戦争は喧嘩と異なり権力が行う。他方、人間の生はそもそも生物学的な葛藤であり、それは拡大され精神的葛藤にもなる。戦争において個人と権力の間に矛盾が介在することはほとんど論理的に必然であり、それに臨む個人の身心には各種の葛藤が生ずる。そのうち最大なものが、戦争により与えられた死と生きんとすることとの葛藤であろう。その時、葛藤を解決する数学的解は、生の死への解消であろうが、その解は、数学によってのみ得られるのではないので、多くは果てしない苦悩となって解けずに続く。その苦悩を解き明かし、反戦の力にしようというのが本書の意図するところである。

この本の論じ方は、演繹的である。序章で総論風に結論が延べられ、各章では最初の節で各学徒の葛藤の特徴が論じられる。その上で日記などを引きながら、彼の葛藤がどのようであったかを具体的に示し、その上で若干の考察が披瀝される。その具体的な部分、つまり論への肉付け=実証的例示は、章=学徒により精粗やゝ巾があり、全般に不足気味(著者は多いと思っておられるようだが)である。したがって、学徒ごとの葛藤の理解において読者は消化不良に終わるのではないかと思われる。

総体としては、評者には本書の結論は首肯できて、憲法の改定が取りざたされる現今、憲法を考える上にも役立つところが多い。しかし、読後第1の感想は、これは当該課題の序論である、ということ。1945年に終わった戦争の体験者が減少しつつある今、観念的論理ではなく、ましてや言葉遊びのような空論でなく、あの戦争における戦闘員も非戦闘員も被害者も加害者も全ての体験を実証的に理論化して再構成し、すなわちできるだけリアルに再構成して理論付け、それを今後の世代が希望をふくらませつつ生きる力とすることが待たれる。そのような歴史学の波が本書によって巷においても大きくうねりだすよう期待したい。


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