かげろうの日記遺文   室生 犀星 (著)  現代日本文学館 21 文藝春秋 (1968/7/1)

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 冴野に、犀星の生母への思いを託した   2018/7/8

目次
1 花やぐひと
2 山辺の垣ほ
3 真菰草
4 町の小路の女
5 山もしずまる歌
6 うたたねのまに
7 名もなき侍
8 香の風
9 くろ髪
10 あたらし野の姫
11 長歌
12 再会


あらすじ
紫苑の上は理知的な女であり作歌の才に恵まれている。藤原兼家の側室にという縁談が起こる。はじめは断っていたのだが、自分の才を見せつけ、兼家の知性を見てやろうと歌を贈るが返歌はなかなかのもの。兼家も紫苑の上に魅力を強く感じる。結局、輿入れとなるが紫苑の上はなかなか身体を任せようとしない。が、やがて男子を授かる。

一方、兼家は町の小路の女、冴野と親しくなる。兼家の気持ちは、知的な紫苑の上から、気取らず女性的な性格の冴野に移って行く。紫苑の上は兼家に冴野と別れるよう詰め寄るが別れようとしない。紫苑の上は、冴野が死産したと聞き同情を寄せる。また他方で、正室の時姫が冴野に直談判し夫と別れるよう約束させる。冴野は兼家と別れることに。

冴野は、無言で兼家のもとを去り、行方が知れない。兼家が紫苑の上の邸に身を寄せていた夜、突如、冴野が忍び込んできて二人は驚く。兼家がふたりのどちらにもついて行かないといい、冴野は闇に消えて行く。


レビュー
「かげろうの日記遺文」は、雑誌「婦人の友」昭和33年7月号から翌年6月号に連載された。母が「婦人の友」を購読していたので、評者は、高校に入ったばかりであったが、届けられた雑誌にこの作を目にして早速読み始めた。性に目覚め性に関心があった評者は、紫苑の上が就寝時に手を蒲団の上に出して眠ったというところに、女の性を感じ、強く印象に刻んだ。今回、本作を読んで、そのことを鮮明に思い出した。

ところで、本作は、「蜻蛉日記」のパロディである。犀星は、「蜻蛉日記」に僅かにしか描かれない「町の小路の女」に焦点をあて、冴野という名前を充て、犀星の生母への思いを託した(生母は、生まれてまもない彼を養家にのこして姿を隠した)。

川端康成は、この作品を評して「言語表現の妖魔」といったという。

蜻蛉日記の作者は藤原道綱の母。ちなみに、彼女の姪が「更級日記」の作者、菅原孝標の女である。系図を遡ると紫式部に連なっているという。この時代、女は、書を著すほどであっても、よほどで無い限り(紫式部ほどでないと)名を名乗れ(ら)なかったらしい。

なお、「遺文」とは、広辞苑によれば、:①故人が生前に書遺しておいた文章。②書遺された文章。ちなみに、遺聞:世間に聞こえていないめずらしい事柄。

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