言葉の箱−小説を書くということ   辻 邦生(著) メタローグ
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辻邦生の豊饒な文学方法論,  
2002/6/30

辻邦生の文学作品は、どんな方法論のもとで出来上がっているか、を明かしてくれます。それは、読みようによっては、小説の書き方です。いや、まさに氏は、後に続く者に対し、自分が人生を賭して開拓してきた文学の広野を道しるべ付きで、あるいは地図として残してくれたという方が適切でしょう。それを要約すれば、「詩」と「根本的な観念」と「言葉」を以て「葛藤」を創造するとでもなりましょう。でも、本当は、そんなに単純なことではなくて、生き生きして豊饒な文学方法論、哲学です。何はともあれ、氏の作品をより深く理解するためにも、氏に続く文学(者)を生み出すためにも、この本を読むことは意義のあることだと思います。

小説を読む人にも書こうとする人にも、とても大事なことを、辻さんは遺してくれました。読者である僕の言葉に(僭越ながら)直して三つの章に題を付ければ、「矛盾論」「言葉論(言語論ではない)」「創造論」。辻さんが電車の中でも出来る"遊び"と言う乗客の物語をつくることに例えれば、上述とダブりますが、それぞれ、この客の欲望とその障碍はどこにあるか、客の葛藤にフィーリングをどう付与するか、それを詩と根本観念と言葉の総合としてフィクションにどう作り上げ物語とするか、とでもいえましょう。この本は、講演の記録ですので、それらのことを辻さんの人柄を思わせる調子で柔らかに、そして何よりも、分かり易く語りかけてくれます。この本を読んでから、ベストセラー作品を読むととても面白いでしょう。

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