吾輩は猫である  夏目 漱石著  岩波文庫、岩波書店; 〔改版〕版 (1990/04)

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舞台を現代に移し替え想像しながら読んでみたい, 2007/10/31

登場させられる主要人物は、猫の主人である中学教師苦沙弥先生をはじめ、金持ちやいわゆる大学出と思われる文化人、すなわち当時のエリート達、それも比較的身のまわりにいる人達である。新生明治を現場で引っぱった人々である。猫の目をもって、それらエリートを風刺し、また彼らの会話・行動を通して互いとその社会を風刺する。落語や戯作という伝統的語り口が、歯切れ良く効果的である。猫に語らせることにより、漱石をも含む文化人達を対象化して洒脱、饒舌をもって風刺することをやってのけた。つまり、主な流れは歯切れ良い社会批評である。

そこで考えた。舞台を、現代社会に移し替えて「吾輩は猫である」とやらかしたら、どうなるか?それをやった人は、調べてみたら、漱石の弟子内田百けんをはじめ今までにもいたらしい(未読)。しかし、現代こそ、それをやる価値があるのではないか。政治家、経済人、文化人、教育者、男女関係など、明治後半に比べると多様化し随分違うように見えるけれど、その実はさほど変わらず、落語、戯作風語り口は現代受けしそうではないか。ということは、この小説を現代物として想像しながら読む、という読み方もできるということではないか。そうだ、それをやってみよう。

なお、読むにあたって、現代人には分からないことがずいぶん書かれている。当時は、人口に膾炙したフレーズであっても、現代人には馴染みが薄いことも多い。それらを注解してくれるとありがたい。岩波文庫版、角川文庫版は注が少ない。新潮文庫版の注は50頁余。筑摩文庫版は、その頁に注がついていて、注を見ながらの読み方には便利である。

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