終わらざる夏 (下    浅田次郎  集英社 (2010/7/5)

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戦争とは何か、生命を落とした多くの人びとが何を残したか,   2010/10/27                                    

先の大戦において、千島列島の中でカムチャッカ半島にもっとも近い占守(シュムシュ)島でどういう戦争が展開されたか、多分、余り多くの人の知るところでないと思われます。当時の大本営ですら、それを予測するところ少なかったと本書においても描かれます。確かに、そこはソ連と鼻をつき合わせる地ではあるものの、当時の最大の敵、アメリカへの最短コースに位置する地でもあり、実際にアメリカはアッツ島の奪還を果たしていましたから、千島でアメリカの来襲を防ぐことが主要な関心であったことには理由があります。ところが、実際には、終戦3日目になってカムチャツカの尖端からソ連軍が攻め込んできたのでした。作中ではスターリンの領土的野望の表れと示唆されています。

最終盤で、舞台はシベリアのラーゲリに移ります。そして最終章は、凍土の土から顔を出した野花のごとく春の陽に輝く「セクサス」(ヘンリー・ミラー)の一場面なのです。

主要な登場人物が、戦争末期、大木に降った雨粒のごとくそれぞれの幹を伝い紆余曲折の末にたどり着いた根元には、戦争の不条理が待っていました。しかし、それがそのまま北国の土に染みこんで終わることなく、不死身に蘇り花を咲かすこととなるのです。北の最果ての島を主な舞台に展開された戦を通して、あの大戦が何であったのか、そこで命を落とした多くの人びとが示していることは何であるのか、それらをじわりと心に沈潜させる物語、それが「終わらざる夏」なのだろうと思います。


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