終わらざる夏 (上    浅田次郎  集英社 (2010/7/5)

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大木に降る雨が、多くの幹を伝って根元に向かうがごとく,   2010/10/27                                    

ストーリーで読ませる浅田次郎の作品ですから、具体的な筋書きには出来るだけ触れないようにします。

根元から何本にも枝分かれした大木にたとえられる物語です。枝は、云うまでもなく登場人物です。読者は、その木に降りかかる雨粒のように、いろいろな枝を伝っては根元に向け時間とともに流れ下ります。

時代は、先の大戦の末期、アッツ島の玉砕の余燼が残る頃から終戦後まで、とりわけ、ポツダム宣言受諾の8月15日を挟む比較的短い時期が描かれます。ところは、主に、千島列島の最北端、カムチャツカ半島に鼻付き合わせる占守(シュムシュ)島です。

物語は、占守島における思いがけない戦いに向け、終戦間近な盛岡、東京、信州などを舞台に何人もの人びとが登場し展開してゆきます。上巻は、それらの人たち(ソ連兵も登場します)が、戦争に巻き込まれ翻弄されながら、主要登場人物が占守島に舟で向かうところまでが描かれます。すなわち、何人もの登場人物が、互いにふれあい影響しあいながら、大木に降りかかった雨ツブとともに、それぞれの幹を伝って根元に向かって流れ下るように、千島の果てに向かって濃縮してゆく物語が展開するのです。 その途上には、夢の中の話が現実と絡み合うかのようなファンタジーも登場します。

なお、上下巻を通じて顔を現す多くの登場人物はいずれも良い人たちです。悪い人間は一人も登場しません。懲役帰りのヤクザも、鬼熊と呼ばれる連戦の兵も優しいのです。それは、戦争という権力及び個人の暴力が大手を振る不条理の中で、いっそう際立っています。浅田文学はあまり多くは読んでいないのですが、思うにこれは浅田文学のひとつの特徴なようです。


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