パリの手記〈1〉海そして変容  辻 邦生(著) 河出書房新社 (1973)

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船旅、そしてパリの思索の開始,  
2013/8/22

 フランス留学中(1957年9月〜61年3月)の日記、文学探究の記録です。その間の厖大なノートから編集された5分冊の1冊目「海そして変容」は、題名にあるようにフランスまでの船旅中の思索からなる前半とパリに住み着き、留学の目的である文学探究が動きだし、文学を極めるための変容を始めた後半からなります。

前半では、主として航海中に目にした風景や人について観察したことどもが描かれますが、辻さんの筆を追うとまるで自分も同じ航海をしているかのような気分を味わうこととなります。そして、そのような航海を通じていろいろな成果を得るのですが、たとえば、その一端を次のように記しています。

「人間の魂は、自己を落ち着いて眺めうる時間の長さだけ、豊かになるものかも知れない」。「空間の旅と自己の内部の旅−−この重なった冒険が、今の僕のこの健康を保たせているらしい」。

船中や寄港地で出会った外国人を観察し、その初体験から、いささか人種差別に近い感想を率直に書いているところもあるのですが、それは、若き日の辻邦生らしいところかも知れません。

後半は、初めて見るパリの風景とそれを見て思ったこと、パートナーや友人との語らいから考えたこと、そして文学・芸術の探求のステップを時に克明に書き付けます。たとえば、次の如しです。

「本質的なものを触発させるのは、まわりからかためられた知識の量によるのではなく(そのような消極的、自動的なものでなく)彼が何を求めているかという、その求めるものの質によるのである。求めるものの質が高ければ、その触発する現象は、より本質的なものとして現れる」。

若き日の思索の軌跡が始まった、というにふさわしく瑞々しい記述がつづきます。

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