パリの手記〈3〉街そして形象  辻 邦生(著) 河出書房新社 (1973)

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「小説への序章」に向け歩き出す,  
2013/10/05

 この時期(1959年1月2日〜同8月21日)、ヴェズレーへの小旅行以外、パリで生活します。

パリにいる時間が長いだけ文学修行が進みます。この間、パリの街の様子を描くにはかなり具体的であって、街を辻さんに案内されるような気分にもなるのですが、彼の文学/芸術に関する思考は抽象に偏っていて、彼の書くことをイメージするにはかなりの想像力と時間を要します。

そんな中で、目についた論点は(私の関心に依存するのですが)、ディケンズから学ぶべしとする物語の楽しさ、物語が説明と異なるのは前者が自立的構造をもっているからということ、シェイクスピアの葛藤の研究から語り(ナラシオン)の糸をスジ(アントリーグ)につなげることを考えるところ、全体と個の関係の下で象徴または典型を個に表現することの重要性、瞬間と永遠との矛盾において行為があるということ、ヘミングウェイにおける会話の研究、・・・・等々、沢山あります。

これらをはじめ山のような思索を主に西欧の小説家、哲学者などの著作を数多読みつつ進めます。フランス語、ドイツ語の著作の原文引用、原語の単語、カタカナの使用がしばしば行われます。しっかり理解するため私は辞書を離せません。

彼(ら)の行動範囲が見えてきます。モンパルナスの一角、カンパーニュ・プルミエール街のアパートを中心に、サン・ミシェル大通りを通ってカルチェ・ラタンや国立図書館などの一帯を歩くことが多く、時に凱旋門やヴィクトル・ユーゴー広場方面に足を伸ばすことがあっても、ほとんどは、そういった一円が圧倒的なのです。モンマルトルやブーローニュの森方面はほとんど記述に出てきません。行っていても書かないだけかも知れません。

かくして「小説への序章」につながる議論が展開されはじめた手記、第三巻です。

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