パステルナーク全抒情詩集 ボリース・パステルナーク(著)、 工藤 正廣(訳) 未知谷(2011/09)

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シュールを越え人生と宇宙と愛と, 2012/2/10

詩作初期から「ドクトル・ジバゴ」の後までのパステルナークの叙情詩をほとんど全て時代順に読むことが出来る。

パステルナークには、いうまでもなく、小説、エッセイ、叙事詩、叙情詩など多くの作品があるが、その中から叙情詩を抜き出しまとめられていて、便利である。まず、目次から:

初期あるいは処女詩集から 1912-1914
バリエール越え 1914-1916
わが妹人生 1917年夏
主題と変奏 1916-1922
第二誕生 1930-1931
早朝列車で 1936-1944
晴れよう時 1956-1959

末尾には、かなり詳細な年譜、問答様式などによる解説、詳細目次、丁寧な索引があり、これらは何かと便利である。

初期のシュールな詩から「ドクトル・ジバゴ」以降の自然をうたった分かりやすい詩までが時代を追って配されている。全体を通している方法はシュールな手法であり、それにより、愛、宇宙、宗教、身近な自然、生活、旅、哲学的想念、それらの比喩・暗喩などの概念・言葉が、入れ替わり立ち替わり組み合わされて叙情を醸しつつ主題を描き出す。宗教や民俗、ときに微細にわたる歴史などは、日本人が理解に困難をおぼえるものであるところは、概して外国の文学に接するときしばしば感ずるところである。

さらに、韻律とリズムがあるのだけれど、日本語でそれをも表現することはほぼ絶望的なので、それは原語によるネーティブの音読に頼るほかない。訳詩は、それを除く部分で勝負され、それに成功したものが後世に残ることとなる。「海潮音」などは、その代表例である。

それやこれやで、慣れない内は戸惑うのだが、それにめげることなく読んで行こう。読み方としては、たとえば、ひとかたまり毎に繰り返し読むのも一法である。四行詩が結構多いのだが、それらは四行ずつ読めば良い。その場合、一度読んだら、その全体を眺め直し、何が描かれるのかを再考する。そうすると、何種類かの言葉によりある想念が浮かび上がってくる。それら作業を続けてひとつの詩全体を読み理解する。以上を、直感的に一度にすることの出来る詩もあるが、かたまり毎に繰り返しては読みすすめると作者の描こうとしたものは大体のところ把握できる。

さて、そんな風にしてこの詩集を読んでゆくと、いろいろなことが見えてくる。各詩篇毎に見ると:

最初の「初期」では、作者のシュールが若い時からであることが分かる。そして、年譜をみるとわかること、つまり、芸術家の家系に生まれ、哲学を学んだことなどが詩においても現れていることが理解できる。それが知性的な叙情詩を生み出している。

「バリエール越え」では、若き詩人のひいでた才能のヒラメキを見せつつ、ふたつの革命の間における期待なのであろうか戸惑いなのであろうか、一直線ではなく進む足音が聞こえてくる。

「わが妹人生」では、ひとりの乙女を巡る物語の顛末が、一見異なる主題と素材をうたいながら流れている。

「主題と変奏」は、ロシア革命が成ったばかりの時代でもあり、そんな雰囲気を時々見せながら、実に多様な場面が、実に多様な姿で描かれ作者のひとつの到達点が見えるような気がする。

「第二誕生」では、ロシアと違う土地の自然のなかで、今までと違うエネルギーと愛とが、新たな人生を切り拓く様子が浮かんでくる。そこには、そこはかとなく、スターリン時代の始まりさえもが漂う。

「早朝列車で」は、芸術と戦争が多くうたわれ、粛正と戦争の中で苦闘し何かを探し出そうとする様子がうかがえる。

「晴れよう時」では、それまでとまったく違うスタイルで身近なあるいは抽象的な自然が分かりやすくうたわれる。しかし、そこには、単なる自然賛歌ではなく、未来を探索するかのような精神が垣間見られる。

そして、全体を通して、作者の主題のひとつが愛にあることが見てとれる。訳者の解説によると、これらの詩は、素材として「ドクトル・ジバゴ」に収斂しているというのであるが、これには納得である。

この詩集に何を読み取るかは人さまざまかも知れないけれども、シュールを通しても、おおすじで共通するところは見えてくるはずである。ロシアの人々は、我々日本人に比べ、それらを作者の想念に沿ったものとして一層正確に読み取るだろうと思うと、どうにもならないことであるけれど、少々、羨ましくなる。
                                               (2012/02/10)

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