人間の条件(上、中、下)    五味川純平(著)  岩波現代文庫

図書室の玄関へ戻る
満州編目次へ戻る


上巻

戦争において人間が全うに生きる力をどこに求め得たか, 2005/12/25

戦争は暴力や殺人を合法化する。その中で、人間が人間であることを全うしようとすれば何が起こるのか、人間であるためにはどう生きなければならないか、人間として生きることは可能なのであろうか、人間として生きられなかった時はどうなるのであろうか・・・。作者は、中国東北部における戦争末期を舞台に人間の条件をひたすら追求する。

 私は、本年、中国東北部を訪問するにあたって本書を再読した。いくつかの点で、1960年代、最初に読んだときとまた違った印象を受けた。最初は6巻で配本されたが、今回は2巻ごとまとめて上中下3巻となった。各巻ごと、もっとも強く感じた点を一言ずつ記すこととする。

 まず上巻:このような時代、人間が全うに生きる力をどこに求め得るのか。作者は、その最たるものとして愛する人を挙げる。しかし、主人公が良心に忠実に生きるためにそれは必要であったけれど十分ではなかった。何がさらに必要とされたのであろうか。それは、鉱山における中国人特殊工人たちとの関係を中心に展開される本巻において、中国人のリーダーを通じ示唆されている。しかし、作者はそれ以上には明言しない。中国人は、それ以後の歴史においてそれを実践するが、日本人は成功裏に経験すること少なく現在に至っている。作者が明示的に書けなかった所以であろう。


中巻

「真空地帯」を凌駕する迫力, 2005/12/25

軍隊で公然とふるわれる暴力に象徴される不条理に対し「人間」を対置して良心を貫く場合、何によりどころをおけばよいのか。器用とでも言える俊敏な判断と強靱な体力と気力による不屈さを最大限ふるって生き延びるだけでなく、善良な部下をも守りつづける主人公は、多くを失いつつも何とか軍隊の論理と「人間」をバランスし通せたかに見えた。
 
 この巻では、泣く子も黙る関東軍の内実がいかに張り子の虎であったかを示しつつ、その中で人間が不条理に抗して人間として生き抜くことができるかどうかを追求する。その答えは、全3巻を通じて、結局、個の力は微力であることを示し、反戦しかあり得ないことを無言の内に示している。この巻は、それを野間宏「真空地帯」を凌駕する迫力をもって描いている、と思う。

下巻

本書は、偽社会主義国の崩壊後、一層現代的な書となった, 2005/12/25

ソ連参戦で、戦車部隊が国境を越えて押し寄せる。明らかに戦力の劣る日本軍は敗走を余儀なくされ、兵士はつぎつぎと倒れてゆく。勝敗が決まると、中国人の多くも公然の敵となる。人民の味方と一部で期待されたソ連兵たちがもたらしたものは暴行や略奪などからなる幻滅であった。そのような中で、ソ連軍の捕虜収容所から脱走した主人公は、厳寒の満州を、愛する人に向け引いた直線に沿ってひたすらたどる・・・。

 この作品が書かれた時代、社会主義諸国は、まだ、多くの人々に希望と夢を与えていた。しかし、今現在、ソ連を始め多くの社会主義国が偽社会主義国であったことが歴史により審判されている。この段階で本書を読むと、政治的な偏りから自由になったところで素直に読むことができ、よりいっそう根源的なところで戦争批判と人間の条件を考えることとが可能となる。その意味で、20世紀から21世紀に切り替わって、本書がきわめて現代的な書となったということができる。


図書室の玄関へ戻る
満州編目次へ戻る
トップページへ戻る