薔薇の沈黙−リルケ論の試み 辻邦生(著)  筑摩書房

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この本で、あってほしかった辻邦生の近未来を外挿可能かも, 2002/8/8

 辻邦生が、「マルテの手記」、「ドゥイノの悲歌」、「オルフォイスに寄せるソネット」などに見られるリルケの足跡をじっくりと追いながら、文学のありようを全身で問うた本。この本により、辻の人生の軌跡と最晩年の到達点を確認し、それに止まらず、あってほしかった近未来の姿の輪郭を外挿することも可能かも知れない。

 展開される論考のほんの一片だけを記せば:

 リルケが、マルテと苦悩をともにしていた時代に、『新世界風の知性から生まれた一軒の家屋、新世界の林檎、新世界の葡萄には、私たちの祖先がその希望と憂いとを注ぎこんでおりました家屋や果実や葡萄と、少しも共通なところがありません』(p.42)と言っている通り、「<近代>が金銭と技術によってその実用的な面を抽出し組織したとき、<もの>は物の残骸となるほかなかった。」・・・・・・

 このような論考に、現代を生きる我々との共通点を感じたりしつつ、険しい山道を登り、頂までたどりついたとき、リルケの詩と「薔薇の沈黙」とそして辻文学が、読者それぞれの世界として理解できる(もっとも、佐保子夫人によれば、このあとに最後の章があるはずだった)ことになる。

 季節のなか、たとえば夏空の下で、木陰に流れくる風に吹かれながら、または、街路に木枯らしが吹きゆく夜半、暖炉のぬくもりを感じながら、今一度、ゆっくりと読んでみたい本である。

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