ロシアの自然誌―森の詩人の生物気候学    パピルス (1991/09)

                   ミハイル プリーシヴィン(著) 太田 正一(訳)  

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時代を超え自然とともに生きる姿, 2011/11/11

モスクワ北郊の「黄金の環」と呼ばれる一帯には、近年、日本からの観光ツアーがしばしば訪れますが、その地方の田舎、それが本書の舞台です。時代は、1924〜1935年、ソ連の社会主義が大きく反れて行く時代です。

北西ロシアの果てしなく広がる平野のあちこちで、生きものは四季折々に生を輝かせ、岩や土も生の躍動に舞台を提供します。とりわけ、冬から春にかけて、日々移って行く自然界の変化はめくるめく程に矢継ぎ早ですが、著者プリーシヴィンは、そうした折のありさまを時に人々の行動をも含め克明に描き出します。とりわけ春の章の記述は、節に掲げられた題を記せば「ひかりと水の春」「緑なす草の春」「森の春」「にんげんの春」とあるところから察せられるようにきめ細やかです。

プリーシヴィンは、狩も好きですが、自然を愛するハンターがいかなる狩をするかを描いて見せます。この地方の農民が自然といかに付き合っているかも随所で描きます。まれには都会から来た自然研究者とともに行動します。この作品の中では、著者を含め「にんげん」も自然の一部であり、そこで生活する特性をかくあるべしと謳っているかのようです。

私は、この秋、この地方をほんの少しですが、歩いて見ることができました。プリーシヴィンの時代に比べると開発も進んだのかもしれませんが、この地方の人々、特に農民が、やはり自然と共に暮らしているらしい様子が垣間見られました。クローバーからとれた蜂蜜やベリーのジャムは、自然の味覚を楽しませるに十分でしたし、人口密度の薄さはあるとしても自然がいっぱいの状況は、日本の町や村とは比べものになりません。そこに働く人々は、ソ連崩壊後のグチャグチャになった経済・社会から懸命に新しいものを作り出そうとしているように見え、プリーシヴィンの時代も今も、自然とともに力強く生きる姿は同じなのではないか、と思ったものでした。


発行から20年を経て、本書が古本でしか入手できないのは、大きな損失と思えます。

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