嵯峨野明月記      辻 邦生(著) 新潮社 (1971/01)

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辻邦生歴史文学の山脈の中に輝く嶺,  
2015/12/12

 若き日に読んだこの本を、老年に至った今、引っ張り出してきての再読です。今年は、宗達展、琳派展などがあり、宗達を始め、その時代の芸術家とその業績を考える機会があったからです。

辻によるこの物語では、嵯峨本製作にかけた本阿弥光悦、俵屋宗達、角倉素庵の思いと、それぞれが、それぞれの内面世界をきわめようとする姿とが、それぞれの交互に連なる独白により描かれてゆきます。

本阿弥光悦は、刀剣の鑑定、磨礪、浄拭を業とする家に生まれながら書の世界に生き甲斐を見つけてゆきます。俵屋宗達は、絵屋の俵屋で金銀泥の下絵からやがて風神雷神を描くようにもなります。角倉素庵は、堺の実業家の跡取りとして実業に成果を上げつつも、六経註疏、唐宋詩などに沈潜してゆくのです。そして、角倉が謡本、和歌巻本、物語などの王朝風の華麗な木版活字本の企画を、嵯峨野の別邸で練ります。光悦が装釘と版下書体を分担し、宗達が図柄下絵を描きます。

時は、本能寺の変、大坂夏の陣、朝鮮出兵、関ヶ原の役とつづく時代、京や堺の町々の賑わいと激動の中で彼らは仕事を続けます。永遠の美を実現しようとする三人の努力は、美しい嵯峨本として実現したのでした。

評者は、風神雷神を描いた宗達の美の追究はもとより、実業と芸術との相克の中に生きる素庵、光悦の生き方に関心を持って読みましたが、その課題がいかに大きく難しいかを考えさせられました。

「嵯峨野明月記」、それは、辻邦生歴史文学の山脈の中で、ひとつの輝く嶺をなす作品に違いありません。

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