坂の上の雲
  
 司馬遼太郎(著) 文春文庫
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混迷する現代日本の進路を司馬と対話しつつ考えはじめた,
, 2009/4/13

(この本は、単行本で6巻、文庫本で8冊にも及ぶ大冊であるだけでなく、内容も豊富なため、頭の中でなかなか整理できず、長く「工事中」であり続けました。しかし、昨年来のわが国政治・経済の混迷の中で、何とか書けるようになりました。)

明治という時代、日本人、特に若者が、新しい社会を作ろう、その力になろうと張り切って生きた姿はしばしば見聞きしてきました。しかし、当時の日本は、自由民権運動への弾圧にみられるように、民主的な国づくりをめざすのではなく、日清・日露の両戦争を中心にした歩みに示される通り、富国強兵のスローガンを振りかざし軍国日本の道を歩んだのでした。

その姿を秋山好古、真之兄弟に象徴的に見て取ることが出来ます。進取の気風に溢れる若者は、しばしば時の国家の方針に大きく影響されてその才能を振るうことになります。司馬遼太郎は、両兄弟をはじめ、主として当時のエリート軍人、つまり軍の指導者が、もてる力をどう発揮したか、あるいはできなかったか、をことのほか力をこめて描いています。乃木将軍の無能振りも掘り下げて描かれます。(ふたりが活躍する戦場は、後に満洲国となる地域です。また、)正岡子規の才が、両兄弟との交わりの中で互いに淡く影を映すところも描かれます。

現代日本は、明治とは全く違う形で戦後という時代を経験しました。それは、新しい出発を、可能性として明治維新と同じ程度に準備していたといえましょう。しかし、どうでしょうか、明治以後の延長線上にしか、その可能性を生かし切れなかったのではないでしょうか。経済は高度成長を経験し、自衛隊は憲法の制約下でも世界で有数の力を持っています。ごく最近になって小泉首相は、その梶を大きく切ろうとしたのかも知れませんが、その方向が、アメリカ流の新自由主義路線という富国強兵を推し進める路線であって、決して日本とそこに住む人民大衆の幸せへの道ではなかった、このことは、小泉路線を失敗に終わらせた決定的要因だったのではないでしょうか。・・・とはいえ、現代日本の評価は、現在進行形でもあり、人により違っていっこうに構わないことではあります。

が、いずれにせよ、日本の指導者の多くは、混迷する日本の進路を図りかねています。明治の指導者に比べても、時空間的な眼がきわめて貧弱です。そのようなときにあたって、司馬の描く明治維新後の有能な若者の生き様と戦争の時代の推移を通して、これからの日本と日本人の有り様(よう)を探ることが出来れば、それは、この本のひとつの有効な読み方といえるのかも知れません。私は、この物語を反芻しながら、坂の上の雲を見上げては、今日も司馬遼太郎と対話をしています。

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