わたしのスターリン体験 (岩波現代文庫 社会 170)  岩波書店 (2008/8)   高杉 一郎(著)
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混迷と閉塞の現代に大きな意味のある作業,  2008/9/14

本年(2008年)1月に亡くなった高杉一郎が、ソ連崩壊の前年(1990年)に出版した本書が、岩波現代文庫版として再刊されました。大学教授、翻訳家、作家でありエスペランティストでもあった著者が、スターリンのふたつの言語論、「民族文化と国際文化」(1930)と「言語学におけるマルクス主義について」(1950)の間にあるギャップを、その間の自身による多くの体験で埋めることを通して、その変節と「偽りの神」への到達を確信することとなるのです。もちろん、そのプロセスは、こんなに短い表現では表しがたく、もっともっと重く内容豊かなのです。もっと早い時期の著書「極光のかげに」「逝きて還りし兵の記憶」などでも、とりわけ、自身のシベリア体験がより詳しく語られていますが、シベリア体験以外にも、例えばエスペラントに係わる体験、トロツキーの運命に関する探究、満洲などにおける「赤色帝国主義」の実態直視などを通し、スターリンの本質を具体的に明らかにしています。それらは、まさに強靱な理性の発露そのものといえます。それだけでなく、誇張を恐れずに言えば、痛恨を醸す叙情をこめて描いているのです。ただ、その体験を描くに、あまりに格好良すぎると思える叙述が時々目につくのは高杉が作家でもあるせいかもしれません。

社会主義の夢が遠く去ったかに見え、反面で「資本主義は大丈夫か」ともいわれる混迷と閉塞の現代において、高杉のいう「偽りの神」スターリンをあらためて確認する作業は、大きな意味のあることかも知れない、と思うのです。

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