プーシキン美術館展を観る

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横浜美術館 2013年7月11日

「プーシキン美術館展 フランス絵画300年」と銘打った美術展。美術展の招待券が抽選で当り、7月11日に行ってきました。横浜美術館でした。

みなとみらい駅にほど近い横浜美術館は、私ども夫婦ともにそれぞれ過去に行ったことがあり入場までスムーズに歩を運ぶことが出来ました。

指定された2時から2時半の間に入場せよ、とのことで、少し早めに着いたのですが、これが不正解らしく、玄関ホールには大勢の観客が、まるで小腸が腹腔をくねくね回るように、設けられた列に沿って並んでいる。後から分かったことですが、もっと後から来た人は、こんな列に並ぶことなく入場できたらしいのです。

受付を済ませロッカーにリュックを預け身軽になって会場へ。

プーシキン美術館は、モスクワにある西洋絵画コレクション中心の美術館です。とりわけフランス絵画が多いのだそうです。名称のプーシキンは、あの作家アレクサンドル・プーシキンの名前を没後100年を記念してつけたとのこと。昨2012年に創立100周年を迎えたそうです。

前置きが長くなりましたが、フランス絵画を、17世紀のニコラ・プッサン、クロード・ロランから20世紀のピカソ、マチスまで、時代を追って観ることができるのです。

印象に残った作品をいくつか観て行くこととします。


クロード・ロラン「アポロとマルシュアスのいる風景」(1639年頃)
http://www.geocities.jp/artray777/review/pushkin.html

クロード・ロランは、神話を題材にした風景画で有名です。「アポロとマルシュアスのいる風景」が展示されています。大きな樹木の生い茂る森に隣接した野には、池の向こうに見える遠景が霞んでいて木の影が長く伸びています。木にしばられてでもいるかのような人物を、三人の男達が「デジカメで撮ろうとしている」。本当は題名からも推測されるように神話の一場面なのです。1639年頃の作品と書かれています。この時代は、風景というものに人々の関心が向き始めた頃だと本で読んだ記憶があります。モナ・リザにも背景に風景が描かれていますが、風景が描かれても添え物に過ぎない時代が続いたのです。この時代になっても、ただ単に風景を描くのでは、まだ商売にはならなかったのでしょう。このように神話などの題材を取り入れた風景画は、彼の専売ではありません。ニコラ・プッサンにも描いていますが、彼の今回展示された絵は、風景画ではなく戦いの絵です。


カミーユ・コロー「突風」(1860年代半ば〜70年代前半)
http://www.geocities.jp/artray777/review/pushkin.html

19世紀になると、風景そのもののウェイトが高くなっています。たとえば、コローの「突風」。強風に巨木の枝がなびく下を農婦が急いで帰ってゆきます。コローは、働く農民を多く描いていますが、その流れで、大きな自然と農婦を対比させています。農婦はちっぽけで強風の前には非力に見えますが、実は、農婦は自然の猛威もよく知っているのです。明日は晴れるということも。


フランソワ・ミレー「薪を集める女たち」(1850年代)
http://so429.exblog.jp/18864053

コローとほぼ同時代のミレーが、「薪を集める女たち」において、傾斜のきつい山林で薪を運び出す労働に従う農婦達を描いています。こちらは、風景よりも婦人の労働にウェイトがありますが、自然の中の人間という点で共通しています。モネ「陽だまりのライラック」になると、明るい日射しが印象派らしくライラックを輝かせている反面、木陰の人間はほんの添え物のようでうっかりすると見逃されがちです。以上の、こうした流れは、まさに西欧の近代化の流れと軌を一にしているような気がします。


ゴッホ「医師レーの肖像」(1889年)
http://pushkin2013.com/intro/

人物画に印象深いものがいくつかありました。この絵画展のポスターに使われているのが、ルノワールの「ジャンヌ・サマリーの肖像」。アングルの「聖杯の前の聖母」も人気なのだそうです。でも、私は、それらよりゴッホの「医師レーの肖像」に興味を持ちました。耳を切った後の作品なのだそうですが、暗い影など、使っている色の所為もあるのかも知れませんが、全くなく、偉ぶらないお医者さんという雰囲気が出ていて好もしく感じるのです。ところが、解説によると、当のレーさんは、この絵が気に入らなかったというのです。もっと、威厳のある風貌に描いてほしかったのでしょうか。


アンリ・ルソー「詩人に霊感を与えるミューズ」
http://www.asahi.com/event/AIC201102160012.html

もう一篇、アンリ・ルソー「詩人に霊感を与えるミューズ」。ルソー独特の濃い緑を基調とする木や草花の中に二人の人間が立っています。黒いスーツの詩人、アポリネールに、ゆったりしたサックドレス風の衣装のミューズ、ローランサンが霊感を呼び起こす何かを語っている場面なのだそうです。ユーモラスな雰囲気はルソーが得意とするところですが、キッチリした絵筆使いには近代以降の西欧合理主義の伝統的思想がうかがえます。


フェルナン・レジェ「建設労働者たち」
http://ameblo.jp/kaigalin/entry-11524681655.html

人物画といえば、宗教画から肖像画へと移ってきたようですが、やがて、労働する人々の姿も絵になってきました。上記、コロー、ミレーも農業の現場を描いていますが、フェルナン・レジェ「建設労働者たち」は、ビル造りの現場で働く労働者たちが絵になっているのです。明るい雰囲気が漂っています。1951年の作品ですから、その時代を背景にして、画家や観客の関心がそういうところにもあったことがうかがわれます。


ルノワール「セーヌの水浴」(1869年)
http://moon.ap.teacup.com/nishimino/1340.html

もうひとつ、描かれた時代を考えさせる絵がありました。ルノワールの「セーヌの水浴」です。セーヌ河畔の木陰に紳士淑女が憩っている向こうに、ヨットなどが浮かぶなか、水着の女性などが水流に遊ぶ姿が描かれています。いかにも平和な風景に見えるのですが、制作年が1869年になっています。フランスでは、ルイ・ナポレオンがクリミア戦争を経てメキシコ遠征が1867年に終り、国民もホッとしていたのかも知れません。しかし、翌1870年7月には普仏戦争が始まるのですから、政治の舞台は決して平和ではなかったはずです。そうした背景を思いつつ観ると、画面の人々の心の内もうかがえるような気がします。

もっとたくさん(全部で66点)の名画が、今回並んだのですが、こうしたヨーロッパ絵画をたくさん集めたロシアの力はすごかったのだなと思います。本展覧会でも、主なコレクターを紹介しています。名前だけ挙げますと、エカテリーナ2世、ニコライ・ユスーボフ、アレクサンドル2世、セルゲイ・シチューキン、イワン・モロゾフです。女帝、貴族、皇帝と後二者は大資本家です。ロシア革命前の支配層の財力の大きさを表すのではないか、と考えたものです。伝えられる当時の庶民の貧しさを思うと、貧富の差の大きさということにもなるのでしょう。

その他、たくさんのことに思いを馳せることとなった美術展でした。



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