セミの輪廻

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ファーブル「昆虫記」を読むとセミについての一連の記述がある。今年の夏、蝉時雨の中でちょうどその巻、第5巻を読む巡り合わせになった。まず最初に、それらの記述からかいつまんで要点を記そう。訳者の奥本さんの解説をもいくつかまぜこぜにして。そして、今、外で鳴き騒いでいるセミ、その一生をおさらいして、暑さしのぎに取り留めもなくよしなしごとを書き付けてみようと思う。

セミは、枯枝に卵を産む。なぜ枯枝かといえば、植物の皮下に生み付けられた卵が、生きた枝であれば植物の生育に伴い圧迫されて押しつぶされてしまうだろうとファーブルは考える。セミは、枯枝を下から上に向かって進みながら産卵管を突き刺して産卵する。

最近、光通信用のケーブルにセミが産卵して通信不能にしてしまう例が見つかった、というニュースがあった。枯枝とそのケーブルの材質が似ているのだろうか。のこぎり状の刃を先端に着けた産卵管はかなり硬いものでも平気で貫くようだ。

雌はひとつの穴につき10個前後の卵を産み、一匹のセミがひと夏にアブラゼミで300個とかニイニイゼミでは800個もの卵を産むのだそうだ。その間、実質は1週間か10日間だという。長方形の卵をその頭としっぽを互いに少しダブらせて生み付ける。それは、孵化して穴から出るのにスムーズに出ることが出来るからなのだそうで、孵化した幼虫は流線型の魚のよう形をしていて次々出てきても枯枝のどこそこや幼虫相互に引っかかることがないのである。

卵が越冬しない種類では、産卵後、2,3ヶ月すると孵化して枯枝から這い出し、変態して手足がハッキリしてくる。その幼虫は、細い糸を伝わって地上に降りる。その様子は見たことがないのだが、気をつけていると秋に見られるのであろう。時にはコンクリートなど硬い地表に降りることもあり得る。そんな時は、土の中に潜り込めない。そのほか、土中にいる間に寄生虫がとりつくこともある。冬虫夏草はその事例としてとてもよく知られている。そんなことは結構あって、そのため1頭あたりの産卵数が多いのだそうである。

土の中にもぐるとかなり深くまでもぐるらしい。餌は、植物の根から吸う樹液である。この養分が希薄なので生長に長時間がかかり、結局、彼らは、4,5年間という長い間、地中で生活することになるのだそうだ。アロエやサトウキビなどで人工的に高濃度の養分を与えてやればもっと短い年数、約半分の期間で地表に出てくることも知られている。先日のテレビによると、アメリカ北中部で、17年ゼミというのが今年発生したという。この地域の樹木は、よほど養分が希薄なのであろうか。他の要因もありそうである。

出てきた幼虫は、脱皮して飛び立ってゆく。その様子は、夏休み、ほとんどの子どもたちの目にも触れる。そして、雄がうるさいほどの声を立てて鳴く。ファーブルは、大砲の空砲を撃ってみたがセミたちはびくともしなかった、そこで、セミは耳が聞こえないのではないか、と書いているが、これは、セミの聞いている波長が大砲の音を含まないからだと奥本さんは解説している。交尾が済むと雌は産卵にかかる。そして次の世代への輪廻が始まる。

私は、子供の頃、加藤正世さんというセミ博士の本を読んだ覚えがあって、セミについてはいろいろ見聞きしていたし、何よりもセミ採りは子供時代の夏のあそびの王様であった。アブラゼミやコゼミは簡単に採れるのだが、クマゼミやツクツクホーシはなかなか採れず、それらが採れると大いばりしたものだった。ことほどさように、日本の子どもたちもしたがって大人達もセミには馴染みが深い。

しかし、ファーブルのフランスに行くと、セミはプロバンスなどの南にはいても、パリなど北にはいないのだそうだ。だから、南へのバカンスが盛んになって、以前ほどではなくなったそうであるが、フランス人には意外にセミを知らない人が多いという。地中海沿いのモンペリエを夏に訪問したとき、セミが鳴いているのに気がついて感動したことを覚えている。



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